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聖書、御言葉で

今日は8月1日。

今日はどんな日でしたか?

毎日を過ごす中で、様々なことがありますよね。

もちろん、何も起こらない日もあり、そんな日が多いですが・・・

でも。同じ日常を生きる中でも・・・

その日をどの様に生きるかによって、その日は変わります。

結局、その差が人間の個性なのかもしれません。

今日、ある人は・・・

いつもと同じ時間に起きて、同じようなものを食べて、会社に行きます。

そして、仕事に行ってもいつもと同じように無難に仕事をこなします。

でも、別の人は仕事をしつつも、どうしたらいいのかを考え・・・

仕事の効率をあげたり、成果をあげるために徐々に変えようとする人もいるでしょう。

また、他の人は・・・

仕事に行きたくないと考え、仕事を休み、一日を(自分の観点で)楽に過ごします。

自分自身がどうしたいのか?

どうなりたいのか?

自分の考えが、自分の運命を左右するのです。

もちろん、その日一日で変化するわけではありません。

でも、ちょっとづつでも良くしようとしているのなら・・・

まわりが認めようが認めないとしても、、、

良くなるかどうかはわからないですが、変化はするのではないでしょうか?

聖書、御言葉は

その変化を正しい方向へと導いてくれる道しるべだと言えます。

人は何かを良くしようとするけども、

空回りしたり、良くできなかったりしますよね。

それらの問題の解決の糸口となるものが聖書であり御言葉です。

だからと言って、答えが与えられるわけではありません。

人生はゲームではないですよね。

ゲームなら攻略本を片手にその場だけをクリアしたらいいですが、

人生はその後にもその時の判断が影響を及ぼすことが多いですよね。

自分自身が学んだことを、生活に落とし込み、自らのモノにしないといけません。

自分で行ってみて、自分で経験し、悟ったことが自らのモノになるのです。

御言葉をどの様に使うのか?

人生はそれにかかっていると思います。

歩く人がどうやって馬に乗った人に追いつくだろうか。

パラダイスの世界にいる1万人の教理を束ねても、

天国の世界にいる1人が知っている教理ほども分かっていない。

 

 

 

 

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