本日、Ricca宅は掃除を念入りにしました。
1年間…いや、1年9か月もの間
片付けきれなくて、
ずっとずっと心に引っかかっていた
将来の娘の部屋=現物置部屋を
一気に片付けました。
今すぐ使わないものは
「『とりあえず』その部屋へ」
とやっていたので、
いろいろ溜まっておりました…。
Riccaの夫は片付けが得意で、
何度も手を入れてはくれていたのですが、
いかんせん汚す方が多くて
平日仕事の彼では追いつかない…(苦笑)
わかっていたので、
面倒くさくて、子育てを理由に
ずっと見てみぬふりをしていたRiccaだったのです。
でも「えいやっ!」とやってみると、
意外とさくさくと進みました。
そしてキレイになってくると
気持ちが良くなり、
もっとよく捗りました。
そして気づきました。
このように、罪もこうなのだなと。
掃除は、霊的には悔い改めを指します。
悔い改めとは、罪をキレイにすることです。
罪とは、殺人とか強盗とかももちろんですが、
何より「神様や主の喜ばないこと」です。
人を殺すとか盗むとかだけではなくて、
人を言葉で傷つけたり、
御言葉を守らなかったり、
といったことも罪です。
罪は人間が自分の考えや良心で決めるものではなく、
神様が決めるものなのですね。
でも、神様も主も、
謝ったら、つまり悔い改めたら
赦してくださいます。
言葉(=悔い)だけではなく、
行動(=改め)も起こすことがポイントです。
自分が普段罪だと思っているよりも
意外と多くの罪があって、
悔い改めるのは面倒…というよりは
多すぎて無理かも、と思ってしまいます。
でもやってみると、
思ったよりもさくさく進みます。
なぜなら罪を許してくださる主の条件が、
すでにあるからです。
(うちの掃除の場合は、
夫がすでに手をつけたという土台がありました。)
また、キレイになればなるほど、
細かいゴミが気になるように
細かいところも気づいて
さらにキレイに悔い改めていくようになります。
<罪が大きいか小さいか>が問題ではなく、
<悔い改め>が問題です。
だから神様は
「罪を犯したか、犯していないか」より、
「罪を悔い改めたか、悔い改めていないか」
をご覧になります。
―――鄭明析牧師による今週の主日の御言葉から
罪が大きくても小さくても、
残っているならば天国には入れません。
どんな罪を犯しても、
悔い改めたかどうかを見て下さる神様です。
部屋の掃除をしたように
心の掃除も完全にしていきたいと思います。
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