私が見た摂理

摂理の恋愛観、結婚観

恋愛したいと願うあなたへ 愛してる☆Yoです^^ 人生一度は言ってみたいし、言われたいこの言葉。

「愛してる。会いたかった。」

胸がじ~んとしますね。 皆さん、「恋愛」話しはお好きですか?^^   人間は不思議と、「」を求めてしまう生き物ですよね。 「」されないとつらい、自分の「」を分かってもらえないとつらい。 でも、「」が通じると、とっても嬉しい。   わたしたちは「」をとっても大切にします☆ 皆さん、「」の行きつく先は何だと考えますか?   「」の行きつく先は、「結婚して一体となること」です。 そのために、私たち人間は「」の一段階手前として「恋愛」をしますよね。 いわゆる「恋バナ」というやつでしょうか☆ キャー☆(>▽<)   この「恋愛」 言い換えると、自分の生活の相手、パートナーを見つけることですよね。 相手のことをより分かって、自分と一緒に一生暮らすことができるのか、試験的に過ごす時間だともいえます。 また、「恋愛」を言い換えると、「関心」とも言う事ができるでしょう。 「関心」が無ければ、相手のことも分からないからです。 私たちは、「恋愛」をしながら、実は、相手のことをよくよく観察しています。 何を観察しているのでしょうか?   それは、相手の「考えと行ない」です。 例えば、「自分のことを本当に考えてくれているのだろうか、愛してくれているのだろうか、自分とは性格が合うのだろうか、一生この人とやっていけるのだろうか・・・」等々有りますよね^^ 残念なことに、ご結婚されても離婚されてしまう方もとっても多いと言われるこの時代です。 その原因の多くは「性格の不一致」と言われています。 そして、愛の別れの痛みは、愛が深まれば深まる分、またとっても痛いですよね(涙)   この愛の痛みを、世界で最も経験されていらっしゃる方がいます。 それは、「神様」です。 「神様」は目には見えない方ですが、「愛の根本者」だと言われています。 私たち一人一人を、誰よりも愛してくださり、命がけで見守ってくださり、支えてくださっています。   そして、「神様の愛」はよく、「太陽の光」に例えられます。 太陽のように、どんなに離れていても、熱く、またすべての人に降り注がれるようで、実は自分一人のためにその熱い愛を傾けてくださっているということを表しています。 神様が記された聖書には、この「」に関する話がとっても多く記載されています^^ 読みながらドキドキしてしまうほどです。   そして、この聖書に書かれてある神様の愛は、「完全な愛」「真実の愛」「永遠な愛」と言われています。   鄭明析牧師は、聖書を通した神様の愛を学ばれました。 そして、実際の戦争の場で、敵までも愛する愛を実践され、

「愛も学ばなければわからない。」

とおっしゃいました。   愛も、「正しい愛」、「真実の愛」を分かってこそ、自分が正しく愛を受けていることが分かるし、自分が正しい愛を受けて、「正しい愛」を本当に分かってこそ、その正しい愛で相手を愛することができるということです。   そしてまた、

「愛も真理の中に入っている」

とおっしゃいました。   すなわち、「正しい真理」を学ぶと、「正しい愛」も学べるということです。 そして、この「正しい真理」を学ぶ過程が、まさに「恋愛」をしていることと同じなのです。 なぜでしょうか?   「恋愛」は「関心」だと先ほど言いました。 神様の真理、神様の御言葉、正しい愛に「関心」を持ってこそ、「愛」が正しく分かるからです。 私たちは、皆、真理の御言葉によって、「正しい愛」を分かる必要が有ります。 すなわち、言い換えると「神様と恋愛をする」ということです。   実際、聖書には、 「あなたを造られた者はあなたの夫であって、その名は万軍の主。あなたをあがなわれる者は、イスラエルの聖者であって、全地の神ととなえられる。 」 (旧約聖書:イザヤ書54章5節) という箇所があります。   なんと、神様が、「わたしはあなたの夫」だよと、愛を告白しているんです^^ あなたの相手、あなたの一生のパートナーだと、おっしゃっているんです。   神様の真理の御言葉を学び、真実の愛を伝えてくださる神様に関心を向けていくと、人間も正しく愛せるようになります。 そうしてこそ、「愛の達人」となり、「永遠な愛」をなす主人公になれます^^   今日の恋愛話しは、ここまでにしましょう☆ 続きは、またの機会に♪

好きな人と恋愛すれば、それで幸せになるのだろうか?~一摂理人の恋愛観~

おはようございます、satoです。 今日は「恋愛」について思ったことを書きたいと思います。 突然ですが、皆さんには好きな人がいますか? 大体10代くらい、多感なこのときには異性が目に入り、気になってときには付き合う人もいるでしょう。 20代にもなると、結婚相手を探してより自分と合う相手を探していることでしょう。 そういう意識の中で、カッコいい・可愛い・性格のいい人がいたら、その人に心が惹かれ、付き合いたいなって思ってその人にどうにかして近づきたいとあれこれアピールし…恋愛をするようになります。 ところで、皆さんの「恋愛する理由」・「結婚する理由」とは何でしょうか? よくあるのが「好きな人と一緒にいたら、幸せになれるから」というものです。恋愛から結婚に至る人の多くが、色々な喧嘩と別れの末に「この人とだったら、人生を乗り越えられる」と思い、プロポーズをするのです。 でも、それって本当なのかな?って思うのです、私は。 好きな人と一緒にいれば、確かに心の満足は得られるかもしれない。でも…それなら、どうして多くのこの人となら、ずっと共に出来ると思った人と別れるという悲しいことが起きるのでしょうか… 好きな人と一緒にいたい。 この思いの裏には、一人では満たされない思い-寂しさ-があります。そして、この寂しさというのは「好きな人といないから、寂しい」というだけではなく、もっと深いところにあるのかもしれません。 たとえば、親から受けるべき愛を受けられなかった寂しさとか人から理解されなかった寂しさとか…恋愛だけでは解決できない寂しさもあるのです。 そういった寂しさの解決なしに好きな人と付き合ったとしましょう。すると、自分の中にある「寂しさ」を相手に求め、相手に様々な欲を抱いてしまいます。 そうすると、 二人でいるだけで幸せ と思っていたはずなのに、いつの間にか 相手に様々なことを求めてしまう ようになり、その結果 相手、もしくは自分を傷つける ことになるのです。そのこじれが、最近では多くの人を殺すにまで至っています。 寂しさをなくすため、傷を癒やすために人と付き合う。 それが可愛い/カッコいい、優しい/楽しい/しっかりしている…どんなものだとしても、結局それは根本の解決にならないことが多いです。 ただ一緒にいるだけなら、すぐに離れてたまに会うならそれでもいいのかもしれません。 でも、 結婚というのは『ずっと人生を共にする』ということなのです。それはつまり、自分だけよければいいというのではなく「相手の人生をも」背負うことになるということです。 それなら、どうすればこの寂しさをなくせるのでしょうか? 実はこの問題、私もずっともがいていたことの一つです。 摂理に来る前も、摂理に来てからも、ずっとずっともがいていました。 神様を愛しなさい。 この言葉に従いたい自分がいる一方で、異性のことも、結婚のことも気になる自分もいて。 その間でずっと、ずっと、もがいていました。 何度自分が「不純な人間なんだろう」と落胆し、苦しく思ったことでしょうか。 その心を探る中で、自分の中にある「幼少の頃から抱いていた寂しさ」に気づいて、それでも、そこから先に進めなくて。 その答えは、摂理に、御言葉にありました。 先ほど書いた寂しさ、その根本にあるのは 無条件の愛を受けられなかった寂しさ なのです。これを言い換えると 神様の愛を受けられなかった寂しさ でもあります。 昔々、神様はアダムという一人の人を選んでとても愛されました。アダムも神様の愛を受けて愛を返していました。しかし、アダムは『堕落』して、神様との愛が切れてしまいました。 それ以来、人々は神様の愛、無償の愛を受けられず…根本的な寂しさをずっと残し、生き続けていました。 神様を愛しなさい この言葉に込められた思いとは 神様はあなたを無条件、愛している。たとえ罪を犯していたとしても、見てくれなくても、愛している。だから、その愛を、『無条件の愛』を受けて、本当の愛を学びなさい。そして、その愛をしなさい。 ということなのです。 無償の愛。 これを受けるようになってから、私は気づいたのです。 好きな人と付き合うとか結婚するより前にすべきことがある。 それは、無償の愛を受けられなかった過去の私、今も心の中にいる「子供」に、この神様の愛を教えて、神様の愛で満たしてあげることだ と。 人は、案外自分を見られないものです。 恋愛、テレビ、ゲーム、お酒やタバコ、様々な世の中の文化…これらによって、自分を見ることを忘れてしまいます。 でも、本当に大切なのは、自分自身であり、そして神様なのです。 自分と神様が愛しあう、無償の愛、純粋な愛、それに満たされることが一番大切なことなのです。 正直言って、私も現在その感覚を変えようともがいている最中な人です。 恋愛から、無償の愛へ。 その転換は大変だけど、決して嫌ではありません。むしろ、希望です。 何故なら、そこには。 私が完全に変化して、一緒に愛する相手として来てくれることを待っている神様がいるから。

恋愛したいお年頃☆

皆さんこんにちは☆Yoです^^ 12月は師走とはよく言ったものです。 もう27日になりました。   親元や親戚からも、今年は正月に帰ってくるとね?(長崎弁です) と連絡があります。 年(歳)が過ぎるのは、早いですね。 10代、20代の頃は、早くかっこいい大人になりたい、素敵な女性になりたいと、その肉体の若さ、たくましさ、美しさに憧れる人も多いでしょう。 30代、40代、50代になってくると、自分の年齢よりも、生活のこと、仕事のことで頭の中がいっぱいでしょう。 60代、70代、になってくると、自分の存在意義、生存の目的を考えることでしょう。 80代、90代になってくると、もう健康で元気で入れればそれでいいと思うようになるでしょう。孫の顔を見れれば御の字だよと思っている方もいらっしゃるでしょう。   しかし、何歳になっても変わらないのは、女性も男性も、美しくありたい、かっこよくありたいという思いではないでしょうか? 何のために美しくありたいのでしょうか? 美しくないよりも、美しいほうが良いのには越したことはないとは思いますが^^; 美しさの定義も必要でしょうね。 肉体的な美しさもさることながら、性格的な美しさも必要でしょう。 内面の美ですね☆   よく年上の先輩と話をすると、『遊べるのは若いうちだぞ。』とか『結婚したら墓場だそ。』とか耳にします。 Yoは大学時代のゼミの某教授からそのような言葉を聞きました。 世の中どうなっているのでしょうか?   恋愛したいと思う年頃、いつになっても思いが募ると止まらなくなってしまうものです。 しかし、恋愛をしたとしても、その恋愛が実るとは限りません。 俗に言う言葉で、 『理想の人と、実際に結婚する人とは異なる。』 と聞きます。 何故その人と結婚したんですか?とたまにYoも聞いたりします。 答えは、 ロマンチックな答えが返ってくることはほとんどありません。 『縁があったからだと思うよ。』 縁があったから・・・。 なんです。   分かりますか? 恋愛したいと思うのは、人間の生存本能、生殖本能があるために、年頃になると生じてくる感覚だと思いますが、恋愛の根本的な意味をよく考えないと、したかった恋愛で悩むようになります。 結局、自分に合わないとか、性格が合わないとか言って、取っ替え引っ替えしてしまいます。 恋愛は、自分を中心にしたら終わりです。 だから、自分を幸せにする人を探しているんです。 運命の人を探しているんです。 と、いつまでもまるで中毒患者のように、誰かがいないと生きていけないかのようなことを考えてしまったりします。 しかし、自分の恋愛に対する認識感を転換しなければ、一生そのような悩みで終わってしまいます。   聖書には、恋愛問題で人生を悩み、恋愛のことでキリストに出会って問題を解決した人たちのことが代表的に書いてあります。 キリストに出会うと、自分の愛の問題も解決されます。 真実の愛を教えてくださいます。   恋愛をしたいというみなさん。 キリストに愛を学んでみてください。 正しい愛を分かってこそ、正しく人を愛せるようになりますよ☆  

創造目的論 恋愛と結婚

全ての万物には創造された目的がある。 「どうして・・・?」 その答えを知っているのは創造した方に聞くのが一番早い(*^-^*) 摂理の農業人の過去の職場では恋愛や異性の話題ばかりだった(;´Д`) (今の職場ではその話題が少ない!主の条件に感謝です♪) 以前の摂理の農業人もそうだったかもしれない・・・ しかし、今は鄭明析牧師に救われ、はっきりそうではないと断言できる(^^)/ 恋愛がしたい。 「どうして・・・?」 寂しい。 「どうして・・・?」 結婚がしたい。 「どうして・・・?」 愛して欲しい。 「どうして・・・?」 その答えが明確に答えれる人がどれ程いるだろうか? 「答えなんかなくていい!」 そう言う人もいるでしょう(^^;) では、どうして答えのない事。 目的の無い事に頑張れるのでしょうか? 少なくとも摂理の農業人はそうは生きれません。 万物も創造された目的通りに使って輝くように、人間も創造された目的を分かって生きてこそ輝く人生になります♪ 昨日、通勤中ふと考えてみました(^^♪ 摂理の御言葉の宝箱、コミュニティサイトマンデーからです♪ 久々のアップですね(^◇^) [鄭明析牧師の靈感の詩]  誰かが言った 愛は熱いものだと ああ、愛は熱いだけだろうか 愛は冷たいものでもあると言いたい 凍りついた氷のように 熱い心まで凍らせる 愛だと言いたい それからある日 春の日のように和(やわ)らいだ 暖かさに変わるだろう 安らかな愛 温かい愛 そして熱い愛へ  

カインの性格 結婚の祝福

摂理の農業人が大学生の時、聖書に出会い、御言葉に出会いました! 当時、バリバリの体育会系だった摂理の農業人・・・ 毎日の部活動に明け暮れ、常に関東大会や全国大会で上位入賞を目指し、肉体の錬磨に励んでおりました(^^;) 今はただのパパさんですが、元々はアスリートの端くれだったのです(;^ω^) それもあり、当時の摂理の農業人はとても肉的な人でした・・・ (今よりは) なので、カインの性格の御言葉を聞いたときに、そのほとんどの項目が当てはまりました(;´Д`) カインは自分の事を言ってると思う位です・・・ 血気、高慢、自己中心、酒に酔うなど・・・ 本当に肉の塊、ミートボール君でした・・・ (今よりは) そんな摂理の農業人も摂理で先生に育てて頂きました! そして、先生の愛と条件により、結婚し、家庭局になりました(^◇^) 独身時代はメンバーといる時間もありましたが、一人になる時間もありました。 ところが、結婚するといつも奥様や子供達と常に一緒にいます! ・・・当たり前じゃん! そうなんです! 言い換えれば、同じ御言葉を学んでいるメンバーと常に共にするという事です! なので、自分の平素、性格、全てがあらわになるという事です!!! 特に子供達は親の行動、言葉をおそろしい程よく見ています! 結婚して思うこと・・・ 摂理に来て、主が磨き・削って下さったカインの性格! 結婚や育児を通して、主が更に磨き・削れる環境にして下さいました!!! 本当に感謝としか言えません(^^)/ 主の品性、天の品性になるまで自分をつくっていきます♪ 御言葉の宝箱! 摂理のコミュニティーサイト、マンデーからです♪ [鄭明析牧師による夜明けの箴言から] 主のような品性 ~知恵のことば~ 『人格の上に信仰が入っていく。 信仰生活をしても、自分の性格と心を 直せなければ、変化が起こらない。 自分の癖は他人にあげられないから、直しなさい! 自分の性格、習慣、癖、血気を直せば… それによる祝福が毎日来る。 主のような品性を持ったら、毎日主と通じる。 「義」と「善」と「天の愛」でびっしり 詰まっている人の霊だけが天国に行く。』  

2本のオリブの木 家庭局と結婚

聖書に2本のオリブの木について書いてあります! ヨハネの黙示録11章3~6節 「そしてわたしは、わたしのふたりの証人に、荒布を着て、千二百六十日のあいだ預言することを許そう」。彼らは、全地の主のみまえに立っている二本のオリブの木、また、二つの燭台であるもし彼らに害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。もし彼らに害を加えようとする者があれば、その者はこのように殺されねばならない預言をしている期間、彼らは、天を閉じて雨を降らせないようにする力を持っている。さらにまた、水を血に変え、何度でも思うままに、あらゆる災害で地を打つ力を持っている。 」 神様は時代ごとに2人の証人を送って歴史を導くとおっしゃいました! ここで言う2人の証人とは誰でしょう? 天を閉じて雨を降らせないようにする人は・・・? エリヤですよね! では、水を血に変え、何度でも思うままに、あらゆる災害で地を打つ力をもっているのは・・・? ノア? ヨセフ? ダビデ? ヨシュア? そろそろ当てましょうか(;^ω^) モーセですね! エリヤとモーセが旧約の二本のオリブの木ですよね♪ その二人の個性と役割は大きく異なります! 鄭明析牧師は御言葉で2本のオリブの木を「はし」と「フォーク」の様だとおっしゃいました! 絶妙な比喩ですね(^◇^) 摂理の家庭局も2本のオリブの木です! 夫婦はその個性は異なると聞きました! 摂理の農業人も実際に結婚し、その御言葉を痛感した一人です(^^;) 「似た者夫婦」と言う言葉があります。 しかし、摂理の農業人と奥様の個性はまさに「はし」と「フォーク」の様です! 血液型がA型とB型というのもあるのかもしれません・・・ その一例を紹介します♪ ・田舎育ちと都会育ち ・アウトドア派とインドア派 ・理系と文系 ・消費家と節約家 ・行動派と慎重派 特に食べ物の好みが全く違います! 回転寿司に行くと頼むネタが全く異なります! 摂理の農業人・・・貝類、イカ、エビ、サーモンなど 奥様・・・青魚など お菓子の好み、おかずの好み、野菜の好みなど全く異なります! こんなに個性が違って、夫婦として、家族としてうまくやっているのでしょうか・・・? 大丈夫です! 無問題です! 摂理の農業人夫婦、ファミリーは今日も賑やかに、仲良しです!!! 鄭明析牧師の祈りと条件のおかげです! 今、思うと摂理の農業人の奥様になれるのは彼女以外にありえないと思います! (前にも書いたような気もしますが・・・) 摂理の農業人は主に願っていた幸せな家庭を築くことをかなえて頂いて感謝です! 摂理さいこーー! 摂理の家庭局さいこーーー!!!  

摂理と結婚by農業人

摂理歴史、神様の愛の懐の中で成長した人達が、主の祝福で結婚する人達を「家庭局」と言います。 摂理の農業人もその「家庭局」の一人です(^◇^) 摂理の農業人の家庭環境は問題があるとまではいきませんが、過去色々ありました・・・ なので、結婚に対して元々憧れもありましたが、不安も多かったのです(-_-;) 「自分は家族を幸せに出来るのだろうか・・・」 「親と同じことをしないだろうか・・・」 摂理に導かれる前はそんな不安を抱いていたのです(^^;) 摂理に導かれ、神様の創造目的の御言葉を聞き、本当に自分が救われました! 摂理に導かれ、本当に色々ありました・・・ 良い事、悪い事、感動した事、天の前で申し訳なく思う事・・・ そんな私ですが、主の愛により家庭局になりました! 世間では摂理の事を良く言わない方もいます(-_-;) その一つに摂理の結婚についてです! 合同結婚式とか、色々な話をされる方もいます。 また、サークルや職場で出会い、恋愛し、結婚される方もいらっしゃいます。 人生それぞれです(^_^;) しかし、神様と鄭明析牧師の愛と祈りによって家庭局になった一人として断言します! 「家庭局になり、本当によかった!」 ・・・それだけ? いやいや(^O^) 昨日、摂理の農業人の奥様の誕生日だったのです! 奥様自ら焼いたケーキを囲み、子供たちと一緒にハッピーバースデーを歌いました♪ そのあとは、みんなケーキに向かって一直線です!!! そんなさりげない一コマが摂理の農業人にとって、家庭天国です(^_^) 摂理の農業人が奥様と出会うとき、めちゃくちゃたくさん祈りました!!! そして、様々な経緯がお互いにあり、祝福を受け、結婚しました! 奥様は摂理の農業人とほぼ真逆の個性の持ち主です! 好きな食べ物も、好みも、考え方もほぼ真逆です・・・ (A型とB型と言うのもありますが) しかし、摂理の農業人にもっていないものを持っている人です。 彼女から学ぶ事が本当に多くあります。 そして、こんな足りない人間である私のいつもそばにいてくれる奥様に本当に感謝をしたいと思います。 結婚について正直不安もありましたが、主の祝福と愛により結んだ永遠の縁に心から感謝したいと思います! 今思うと彼女以外に農業人の奥様になれる人はいないと思います。 そんなお惚気に近いブログを書きつつ・・・ 摂理の結婚について色々書かれてると思いますが、噂やマスコミの情報で判断するのでなく、本人から聞けば分かります。 僕ならいつでもお応えしますよ(^_^) 主からたくさん愛して下さったから、今度は私からあなたを愛していきます! [鄭明析牧師の靈感の詩] ただその方のために 『その方だけ見なさい その方だけ考えなさい その方にだけ従いなさい 私もその方だけを見よう 私もその方だけを考えよう ああ、私もその方にだけ従おう その方は主、神様 ああ、ひたすら主、神様を賛美しよう』  

摂理と結婚by sato

おはようございます、satoです。 人生の最大のイベントの一つ、結婚。 結婚する、ということはそれまで「一人で」生きていた人生から「二人」でいきる人生に変わるということ。互いに支え合える、愛する人とずっと共にできるという希望と、自分が負う責任が大きくなる、これからは「自分だけのため」に生きられないという枷、二つの側面がある。 皆さんは、結婚について考えていますか? 摂理には「家庭局」という部署があります。簡単に言うと「神様を愛する人たちが結婚して、家庭内で天国の生を生きる」ための部署です。 鄭明析先生が「まず自分を神様を愛する人として完全に作りなさい。それから結婚したときに家庭に天国が成される」ということをおっしゃった御言葉を具現化した人たちと言えます。 今まで私も何人か摂理内で結婚された方々とお話ししたことがありますが、皆幸せそうに感じると同時に、先生の御言葉を実践するためにもがかれているのも感じます。 私が所属する教会には家庭局、摂理内で結婚している人たちがいません。そういう人と接するのは「他教会から訪問された時」か「他教会を訪問する時」に限られます。そういうこともあって、正直言うと私は「結婚」についてあまり真剣に考えたことがありませんでした。もちろん「結婚するか否か」を考えたことはありますが、あまりビジョンとしては見えなかったのです。 ところが、昨日ある出来事をきっかけにして、この「結婚」について深く考えるようになりました。 その出来事というのは、端的に言うと「偶然DV(家庭内暴力)を受けているという女性と遭遇し、教会の兄弟たちと一緒に安全なところに送った」ということでした。(詳しいことは本人の安全等を考慮して、書くのを差し控えたいと思います。) 正直言うと…今までDVとかは話には聞いていたものの、やはりどこか「他人事」のように感じられていました。そんな私に、突然目の前の現実として「DV」という問題が現れた。 やはり、ショックでした。それと同時に、 「結婚する前に自分を完全に作らなければならない」 と強く悟りました。 今まで漠然と「結婚してみたい」と思っていた私。 しかし、結婚というのは「今まで違う人生を生きていた二人が共に人生を生きる」ということでもある、ということをあまり現実的に考えていませんでした。 お互いの悪いところも見えるし、困難、問題もたくさんあるでしょう。そういうときに、果たして「何によって」乗り越えられるのか? そう思うと、やはりまずは「自分を作る」ということがどれ程大事なのか、言葉にはしていたけれど、新たに実感しました。 どんな困難があってもそれを「自分を成長させる/神様とのいきさつを作れる」と考える精神。 お互いの違い、悪いところを包んであげ、時には指摘し、時にはフォローする愛。 さらに、結婚すれば「子供」が生まれます。子供をどのように「神様の新婦」として教育するのか? 今自分が「個人がよくできるように」作られる機会が与えられたことに、本当に感謝だな、と思いました。  

私の恋愛事情

おはようございます、satoです。 今日は「摂理にいる私の恋愛事情」というタイトルでお話をしようと思います。 摂理では「時になるまで神様を愛して自分を成長させる」という考えのもと、男女交際を避けるようにしています。 これは、男女交際をすることで神様から離れてしまう可能性がとても高いからです。 今回はこのことについて、いくつか聖句を挙げながら説明したいと思います。 男女交際を際限なくしていった結果について、最も詳しく書かれているのが有名な「ノアの洪水」の聖句です。
人が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生れた時、神の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。そこで主は言われた、「わたしの霊はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年は百二十年であろう」。 主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、これらを造ったことを悔いる」と言われた。-創世記6章1-7節
この聖句の一番最初に書かれている「神の子」というのは「この時代に神様を信じる人」でした。 神様を信じる人が「神様を信じない女性」と結婚し、そのことによって神様を信じていた人が神様から離れてしまい悪の道に行ってしまったことが神様の心を痛め、洪水の裁きの原因となりました。 なお、こちらのBSは最近アニメ化されたので、こちらも是非御覧ください。
神様を信じない人と結婚した結果、一番大きく変わってしまったのは、おそらく列王記に出てくるアハブ王ではないかと思います。
ユダの王アサの第三十八年にオムリの子アハブがイスラエルの王となった。オムリの子アハブはサマリヤで二十二年イスラエルを治めた。オムリの子アハブは彼よりも先にいたすべての者にまさって、主の目の前に悪を行った。彼はネバテの子ヤラベアムの罪を行うことを、軽い事とし、シドンびとの王エテバアルの娘イゼベルを妻にめとり、行ってバアルに仕え、これを拝んだ。-列王記上16章29-31節 アハブのように主の目の前に悪を行うことに身をゆだねた者はなかった。その妻イゼベルが彼をそそのかしたのである。-列王記上21章25節
彼の結婚相手は偶像宗教の祭司の娘イゼベルで、この頃のイスラエルは相当に荒れていました。神様を信じる人をほぼ皆殺しにするくらいですから…。 しかし、元々彼がそこまでひどい悪人だったのか、というとそうでもなくて…。
アハブはこれらの言葉を聞いた時、衣を裂き、荒布を身にまとい、食を断ち、荒布に伏し、打ちしおれて歩いた。-列王記上21章29節
これは預言者エリヤによって彼の悪事を指摘し、その後の彼の顛末について告げた時のアハブ王の反応です。 これを見ると、アハブは少なくとも全く神様を信じていない、というわけでもなさそうです。(衣を裂く、荒布を身にまとうなどは「悔い改め」の行為で、始めから神様を恐れていないならこうはしないので) ということは、アハブがここまで偶像に傾倒したのは妻の影響がとても大きかった、ということです。 このように、「神様を信じない人」と「信じる人」が結婚した結果、信じていた人が離れていき悪の道に流れた、ということが多くありました。 人というのは、放っておけば「水が低いところに流れる」ように、より本能的・怠惰な方に流れていきますから…。 そのため、摂理では「神様を信じる」ことで自分の人格を神様の考えに合わせて作っていくことを最優先にしているわけです。 逆に言えば、そうならない段階、つまり「たとえ夫婦になっても神様を最優先に愛し、御心を成す」状態になった人たちが家庭局ということになります。 だから、家庭局の人たちは本当に次元の高い人達が多いです。自分を磨き上げた上で理想の相手と結ばれ、共により大きな御心を成していくので。 実際、私の教会の家庭局の方々は(結婚して別の教会に行った人も含め)非常に人格的・信仰においても仕事においても非常に重要な役割を果たしながら家庭を築いています…。私も非常にお世話になりました。 最後に、個人的な話を。 私個人としては、恋愛において次のような考えを持っていました。 「互いが互いに想い合いさえすればいい…」 いわゆる「プラトニック」な関係、というわけです。 それ以上のことに興味がなかったわけではありませんが、正直「精神的な繋がり」を強く求めていましたね。 なので、今の恋愛は(現実でも漫画でも)正直合わない、といいますか…ちょっと刺激が強いのです。 私はそんなにベタベタしなくても良いかな…なんて思ったりします。 なので、今の摂理の人間関係は非常に楽です。 恋愛はしていませんが、(ある程度の距離を保ちつつ)男女ともに気楽に接することが出来る、それくらいの関係が今の私にはちょうど良かったりします。 もし摂理に来なかったとしたら、男女交際をしていたか。それは分かりません。 (おそらくなかったでしょうね、そもそもそういう出会いもないし) ただ、少なくとも今の摂理に来れて本当に良かった、とは心から思います。  

祝福式?合同結婚式?

仕事終わり~です♪ 今日は仕事を早く終えて、教会の大学生メンバーとお好み焼きを食べに行く約束をしています(*^O^*) 楽しみです♪ さて、摂理の農業人は何度もブログに書いていますが、摂理の中で祝福を受けて結婚した家庭局です(^-^ゞ 神様の御言葉を学び、成長した二人が結婚した家庭局です(*^.^*) と、言っても摂理の農業人は成長真っ最中でございます(^-^;) 摂理の農業人の両親は色々とあり、あまり良い関係とは言えないかと思います(-_-;) 反面教師にしようとばかり思っていました! 自分が父親と同じことをしないか、不安も多くありました(;>_<;) しかし、そんな摂理の農業人の不安をぬぐいさってくれたのが、鄭明析牧師と奥様です! もちろん、ケンカもたまにはしますよ(^-^;) 土曜はあまりにも教会の事でバタバタしている農業人は奥様に怒られもしました(;´д`) しかし、そんな摂理の農業人を理解して、そばにいてくれる奥様に本当に感謝したいと思います(*^O^*) しかし、摂理の結婚について、良く言わない人達がいます(;>_<;) 「カルトだ!」 「怪しい宗教だ!」 など、色々な事を言う方がいます! 摂理の祝福式、合同結婚式に摂理の農業人は実際に参加しました! あれこれと悪く言う人に農業人は言いたい! 「中身を見た事があるのですか?」 「摂理の祝福式に参加して、幸せな家庭を営んでいる人達の話を聞いた事があるのですか?そして、その人達を否定する権利があなたにはあるのですか?」 祝福式・合同結婚式と言っても、お祈りをして、讚美をして、御言葉を聞き、記念写真を撮る! そして、周りから祝福される♪ なんら一般的な教会での結婚式と変わらないではないですか??? それなのに、見てもないのに、知りもしないのに、悪く言う人達とその言葉を真に受ける人を残念に思います( ´△`) 摂理の農業人にとっては一生忘れられない大切な思い出です(*^O^*) と、言いつつも摂理の農業人も奥様も、先月の二人の結婚記念日をお互いに忘れていて、お互い失笑してしまいました(;^_^A 忘れとるやないか~い(゜o゜)\(-_-) まぁ、それも夫婦と言うものですかね… 今日、2回目のまとまりのないブログです( ̄▽ ̄;)  

理想の結婚をしたい☆

皆さんこんにちは。Yoです。 Yoもだいぶ良い年齢になってきました。 ここ数年親から電話が来るたびに、「あなた、だれかいい人はいるの?」 と聞かれます。 私は意中の人はいるのですが(キャー><☆)   皆さんはいかがでしょうか? 結婚したいですか? 結婚したくないですか? そもそも結婚とかどうでも良いですか?   「結婚」って一体なんなのでしょうか。 一般的な「結婚」の定義を見てみると、次のように定義されています。 『男女が夫婦になること。今日の社会では法律上の手続きを裏づけとし、社会的に認められ、経済面、精神面でお互いに助け合いながら、いっしょに暮らすことをいう。婚姻。』 (出典:日本語大辞典)   とにかく、男女が夫婦になることが、一般的な結婚のようです。 また、お互いに助け合いながら、一緒に暮らすことが、夫婦の内状のようです。 「そんなの当り前じゃないか?」 と考えが浮かんだみなさん、そっと胸に手を置いてみてください。 もしも、この結婚の定義が正しく、理想的にお互いが助け合いながら夫婦として一緒に暮らすことができたなら、どれほど幸せなことでしょうか。しかし、現実はそうではありません。 毎年、結婚されていらっしゃる数多くの方々が離婚、別居、不倫など、様々な愛の問題によって、その愛が引き裂かれてしまっています。 「こんなはずじゃなかった・・・。」 そう思っている方々、この世の中に、いったい何人いらっしゃるでしょうか。 理想を夢に描いて一緒にいればいるほど、パートナーの粗が見えてきてしまうことも多々あるでしょう。また、まずは自分の気持ちをわかってもらいたくて、自分中心の愛に偏ってしまっていることもあるのではないでしょうか。 人間の心について、50年以上研究してきた鄭明析先生は、次のようにおっしゃいました。
鄭明析牧師の明け方の箴言より©摂理

鄭明析牧師の明け方の箴言より©摂理

愛する男女が結婚してからも喧嘩をして、離婚し、別れる理由は、心が合わないからだ。心の梁(はり)がある人は、いくら肉が素敵でも、一緒に暮らせない。」   一緒に暮らすためには、どんなに容姿が素敵でも、心が合わないと一緒に暮らせないということです。心が合うとは、まず、自分の心の中に梁(はり)のようないらない固定観念や考え方、体質、癖などをなくし、心をスポンジのように柔軟にして、パートナーの心を最優先に感じて考えて行なうということです。 そうしてこそ、真実に人を愛し、お互いを愛する心の愛、精神の愛が持続し、「結婚」した甲斐を日々感じながら、深い愛の生活をなすことができるということです。 パートナーの足りないところを「許し」、包んで楽にしてさしあげられる、そんな愛を、鄭明析先生を通して学ばせて頂くようになりました。 自分の人生、愛を真実に分かる方と「結婚」したいものですね☆  

運命の道 結婚の祝福と広島大学

摂理の農業人は農業の道を進みたくて、広島県の農業高校を卒業! 東京農業大学に進学しました! ・・・今から10年以上前の話ですが(;^ω^) 本当は摂理の農業人は地元広島大学に進学を希望していたのです! 高校2年の夏! 所属していたバスケ部で、激戦の中初のレギュラーを取る事が出来ました! 当時はスラムダンクブームで、バスケ部人気は高く、同学年で部員が40人以上いました(;´Д`) その中で、レギュラーはたったの5人(^^;) 先輩、後輩も多い中でのレギュラー争いは激しいものでした(;^ω^) 中学時代は吹奏楽部だった摂理の農業人・・・ 当時のバスケ部で文化部出身は摂理の農業人、一人でした・・・ そんな中でのレギュラーは本当に奇跡でした(*^-^*) しかし、デビュー戦前日の朝練! 摂理の農業人は接触プレーにより、膝の靭帯を切り、手術&入院に・・・ 摂理の農業人は医者から「手術と入院が必要」との宣告を受けた時は頭の中が真っ白でした(-_-;) その期間は試験を受けれず、国立大学への推薦の道も途絶えたのです・・・ 「バスケのレギュラー」、「国立大学の推薦」 掴みかけていた夢が二つとも消えた瞬間! 摂理の農業人は病室で毎晩泣きました(;_;) 「誰よりも努力し、頑張ってきたのになぜ?」 どん底の状態から摂理の農業人は悟りました! 「ゼロからのスタートじゃない!マイナスからのスタートでも僕は出来る!」 そこから必死のリハビリと勉強! 結果として、バスケ部レギュラーのポジションと東京農業大学の入学の切符を手に入れたのです! 今思うと、 鄭明析牧師先生の精神を学ばせて頂いたのだなぁと思います(^^)/ 東京農業大学に入学し、摂理の御言葉と 鄭明析牧師先生に出会い、今の自分があるのだと・・・ 実は摂理の農業人の奥様も広島大学に最初受験を希望していたそうです! しかし、結果としては大阪の私立大学に入学し、そこで摂理と出会ったそうです! 摂理の農業人と奥様は同い年なので、もしかしたら広島大学に進学していたら出会っていたかもしれません! しかし、神様の祝福の出会いではなかったと思います! 結果として広島大学進学への道はお互い途絶えましたが、結果として神様の愛に出会い、主の懐の中で最高の家庭を築けている事に感謝したいと思います(*^-^*) 様々な運命の道・・・ その瞬間は「なぜ?」そう思ったとしても、神様は全ての事も将来の事もご存じで、最高の道に導いて下さることをしみじみと実感している摂理の農業人です♪  

摂理に来て、感謝したこと ~家庭局と結婚~

ども~♪ 週の後半が始まり、農業人はまだまだ頑張りますよ~(^-^)/ 金曜夜頃にはお疲れモードになるかもですが(^-^;) 今朝、農業人が出勤前に朝ご飯を食べていたら、背後から物音が(@_@) 早起きな息子君の三日連続の登場です! まだ寝ぼけている息子君は農業人の膝の上でゴロゴロしています(*^^*) 農業人は息子君を膝に乗せたまま、朝ご飯を食べます♪ 赤ちゃんだった農業人の息子君も身長が1メートルを超えて、すっかり大きくなりました! いつか農業人の身長も体力も超えていくのだろうなぁと思うと、何とも言えない嬉しい気持ちになりました(*^.^*) 過去に何度かブログにも書きましたが、農業人の両親はお酒、暴力、喧嘩、浮気など、決して理想的な夫婦とは言えるものではなかったと思います(-_-;) 子供心に「両親の様にはならない!」と心に強く決めていました! しかし、自分の中に愛が無いのに、人を愛することは出来ない。 肉体的な愛を求めても、結局は虚しさや物足りなさがいつも残る… そんな人生を過ごしていました(;>_<;) こんな自分が人を愛する事が出来るのか? 幸せな家庭を築く事が出来るのか? 両親と同じ事を繰り返しはしないか? そんな心配がいつもありました! 本当に不安であり、人生の悩みでした!!! 農業人が摂理に出会い、鄭明析牧師から御言葉を学び、本当の愛!永遠な愛を学ぶ事が出来ました! そして、摂理の家庭局として、最高のパートナーと子供達に出会わせて下さりました(*^o^)/\(^-^*) 息子君の大きくなった背中を見ながら、神様、聖霊様、御子、先生に改めて感謝を捧げたいと思いました(^-^)/ こんな日々が当たり前と思わずに、感謝の生活を過ごしていきます♪  

 初恋の思い出と夫婦は今…

ども~! 大阪日帰りの摂理の農業人です(*^O^*) 大阪大都会と暑さに若干バテバテの農業人です(;´д`) でも、新幹線を使うと大阪と広島って案外近いのですね! いつもは家族や教会の仲間達と車で行くことが多いので、新幹線の早さにビックリです(@_@) 大阪から福山駅まではあっと言うまですが、摂理の農業人の最寄り駅の東広島駅はこだましか停まらないので、ここで乗り換えです! 乗り換えの間、外を見てみると… ん…? おや…? ここは…? 小さな教会です。 ここは農業人と奥様が結婚式を挙げたホテルの教会なのです!!! あれから3人の子供を授かり、2人の家族だったのが今は5人家族になりました♪ 農業人と奥様も人並みの夫婦の様に色々ありました… だけど、今日の試験の為におにぎりを握り、今も東広島駅までお弁当を持って迎えに来てくれる奥様と農業人は今も仲良く過ごしております(*^.^*) 鄭明析牧師に出会い、奥様に出会い、与えて頂いている祝福に本当に感謝します♪ めったにお土を欲しがらない奥様から珍しくリクエストがあったので、蓬莱の豚まんをお土産に買って帰っています! 子供たちによって、瞬間にして食べられるのでしょうね( ̄▽ ̄;) 農業人ファミリーはこれからも主の愛いっぱいで過ごしていきます(^-^ゞ  

結婚について真剣に考える。

こんばんは、satoです。 今日は結婚について考えていることについて書きたいと思います。 私ももう20代後半。そして、摂理に来てからもそれなりに長く経ちました。 摂理人としても、また社会で生きる者としても、避けては通れない「結婚」の問題。 結婚をするのか、しないのか。 そもそも、私はよく親にあんたは結婚出来んだろうね…と言われました(笑)それは私が今までずっと「彼女がいない」どころか「そういう色気のある話も聞かない」という状態だったからです。ちなみに、これは私の兄弟全員がそうです(笑)親にはお前が結婚することには期待していないと言われています。 しかし、摂理で御言葉を聞くと 結婚することも祝福だ とありました。 神様の愛の下成長した男女が、神様の御心に沿って一つとなり、より大きな「家庭天国」を成し遂げる…。本当に素晴らしい祝福だと思います。 摂理de結婚~神様の祝福に感謝〜 こちらは摂理で結婚の道を選んだ人たち、「家庭局」によるブログ。これを見るだけでも、相当恵み深いです。本当に家庭の天国を感じます。特に、子供たちが…可愛くて可愛くてヽ(*´∀`)ノ あんなに純粋な子どもたちが「かみさまー、あいしてますー!」っていうと思うと…ヽ(*´∀`)ノ しかし、それを成し遂げるにはまずは私自身が「神様を心から愛する」姿に作らなければならない、ですよね。 子供は親の言うとおりには育たない。子供は親のとおりに成長する。 そういうものですから。 でも、やっぱり子供は可愛いですよね! 松本ぷりっつオフィシャルブログ おっぺけですけどいいでそべつに。 これは漫画家松本ぷりっつさんのブログです。ここには主に彼女の3人の子供の日常が書かれていて…見てて微笑ましかったです(笑)こういう日々の成長を感じられるのも育児の恵みですよね。 ちなみに、この方のブログは「うちの3姉妹」という名前でアニメにまでなっているようです。 こういうのを見ると結婚をすることもいいのかな、と思いますが…。 いずれにせよ、まずは自分づくりから、ですよね。 結婚するにしても、しないにしても、その祝福を受け止められるくらい、ちゃんと成長したいです。]]>