私が見た摂理

摂理ではどれくらいの会費がかかるのか

お金のことです。 「息子のお金が不法に取られていないのか」 「お金によって不幸な目にあっていないのか」 こういったことを心配してくれました。 親に心配をかけてしまったことは申し訳なかったのですが、摂理では不法にお金をとることはないし、不幸にもなっていない。むしろ人生の問題が解けてすごく幸せなんだということを話したら、安心した様子でした。     しかし、どのようなことをするにしてもお金がかかる世の中で、どうやって摂理を存続させているのか疑問に思う方もいるでしょう。 そんな方のために摂理における会費、お金の活用方法、運営方法等、経済に関することをまとめてみました。    

会費はゼロ!

摂理では入信して礼拝に参加するようになっても、会費を集めるようなことはありません。 ですので、キリスト教福音宣教会費というのは0円です!     信仰を持つことに対して、お金がかかってしまったら、お金持ちしか真の救いを得ることができません。 貧乏人は救われないということは絶対にありえません。 新約聖書ではイエス様が取税人や罪びと、お金のない人に御言葉を伝えて救われたシーンが多く描写されています。     また、宗教改革の時代、免罪符という札が配れるという事件がありました。 お金を払って、免罪符を買えば罪を許されるといったものですが、これは宗教人たちがお金儲けをしようとして始めたことでした。 絶対にこんなことはしてはいけません。 神様はお金持ちでも貧乏人でも、御言葉を聞くチャンスを与え、救いを平等に与えてくださいます。 だから摂理でもお金がなくても、信仰を持つことができ礼拝も捧げることができます。     しかし、このご時世、お金なしには運営することも至難の業です。 それでは、一体どのようにして、お金を集め、運営しているのでしょうか。  

どのように運営しているのか?

摂理では、各教会の聖殿、その光熱費、各摂理サイトの費用、その他たくさんのモノや運営費等でお金がかかっています。 それらの費用は、以下で集めたお金でやりくりしています。

献金

一つ目は献金。 え、それって会費じゃないの!?と思う方もいらっしゃるかもしれません。 会費ではないです。 献金は自らが捧げたいと思った時に捧げればいいものです。 また、献金によって自分の生活が苦しくなる場合は、捧げなくてもいいと教えてくださいました。 献金によって集められたお金は必要経費として熟考されたうえで、各国、各教会へ適切な金額が割り当てられていきます。 そのお金で教会の維持費として充てているということです。   献金にも種類があるので、知っている範囲で紹介いたします。

主日献金

主日礼拝で捧げる献金。 金額は、、、、、、、 各自で祈って決めてくださいw

十分の一献金

収入の10分の1を捧げる献金。 こちらは聖書を基にして捧げるものとして定められています。
レビ記 27章30節 地の十分の一は地の産物であれ、木の実であれ、すべて主のものであって、主に聖なる物である。
与えられている10分の1は神様のもの。 神様のものを神様にお返しするのですから、捧げるというよりかは返済するというのに近いのかもしれません(笑)。

感謝献金

何かいいことがあって神様にものすごく感謝したいときに捧げる献金。 お金じゃなくてもいいじゃないと思うところもあるかもしれませんが、世の中で一番大事とされているお金を捧げるのですから、真心は込めやすいのではないでしょうか。

その他献金

その都度、必要な時に募集される献金です。 もちろん強制ではなく、希望者が捧げればいい献金になります。 必要な時ってどんな時だ?と思うかもしれませんが、それは予想ができません。 ただ、前述した通り、献金は神様に捧げるものですから、頻繁に募集できるものでもありません。 年間1回あるかないかくらい。 必ず鄭明析牧師の許可が降りなければ、募集されることはありません。  

希望者で集金

教会の維持費に関しては献金で集められたお金でやりくりしていると思います。 一方で、教会以外でかかる費用はどうしているのかということです。 身近なところで言えば、このブログ。 ブログを運営していくにも、サーバー代やらドメイン代はかかります。 例外はあるかもしれませんが、こういった希望者で行なっているものに関しては該当する人から均等にお金を出していることが多いと思います。 スポーツでかかる費用、音楽活動でかかる費用、摂理の中でいろいろな活動をしたいのなら自己責任で希望者でお金を出し合って、活動費用にあてていくというのが当たり前となっております。  

教会の仕事をしている人はどうやって生活費を稼いでいるのか?

教会には牧会者、副牧会者がいます。 また、世の中で働かず、人生をかけて教会で仕事をしている人もいます。 そんな人たちはどうやって生計を立てているのか気になるところです。 気にならなければそれにこしたことはありませんが。     私は気になりました! ですので、あくまで自分が聞いた範囲の話ですが、誤解の解消の助けになればいいなと思い、ご紹介させていただくこととしました。

献金から集めたお金

神様のために捧げたお金は教会に従事する人へ割り当てられます。 主に宣教費として。 ここでいう宣教というのは、教会に来た人たちへ説教の御言葉を伝えたり、教会活動の様々なことをしたり、そういったことです。 元々信仰を持っている人に御言葉を伝えることも立派な宣教ですから。 御言葉を伝えるには1日中努力しても足りないくらい、敷居が高いです。 片手間に仕事をしながら牧会をするのはほぼ無理!といってもいいのではないでしょうか。     しかも宣教費をもらうといっても、かなり微小な金額だそうです。 人生をかけて御言葉を伝えるとはまさにこのことだと感じます。 イエス様についていった、ペテロをはじめとする弟子たちもきっとこのような苦労をしていたに違いありません。 血も涙も滲む努力をしてくださっている牧会者をはじめとする教会従事者には頭があがりません。 いつもありがとうございます!   しかし、中には宣教費をもらわずして生計を立てている方もいらっしゃるんです。

献金からもらわずに自力で稼いでいる人もいる

自ら志願して、宣教費をもらわない人と会ったことがあります。 自分でバイトをしたり、また教会に従事できる時間を確保できるような仕事をしながら稼いだりして、生計を立てているケースです。     最近流行りのネットで稼いでいる人もいることもまことしやかにささやかれています。 ネットで稼ぐって自分もやったことがありますが、到底生計を立てるところまで至るのは血反吐が出るくらいに大変で、未だにその境地へは至っていません。 この分野で生計を立てるということですから、相当な実力者(*´Д`)! 教会で働くような人たちは、もし世の中で働いたら相当な結果を残すような強者たちがそろっているように感じます。  

イベント、行事でかかる費用は?

ライブをしたり、講演会をしたり、イベントも豊富に開催しています。 場所代や機材費、講演者への謝礼などかかることもあります。 それらはすべて参加者の参加費でまかなっています。 決して多く集金して利益に回そうなんてことはしません。 いつもギリギリのところで集金して、予想以上に多く集まったら、キャッシュバックするか、次の開催費用に充てたりすることもありますが、そういったことはあまり類を見ません。    

まとめ

  いかがでしたか。 摂理に対するお金の疑問は晴れたでしょうか。 お金を扱う時に大事になってくるのは、お金の使い道や流れを該当者や気になっている人に明確にすることだと思っております。 自分が出したお金が相応しいところに使われているのか、はっきり分かっていないと不安ですもんね。 ましてや献金に関しては、神様のために捧げたものなのに、不適切なところで使われていたら、つまずきそうです。 摂理では、しっかりと相応しいところに使われていたので安心しました。      ]]>