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「大丈夫ですか?」と言える心を下さった神様

道端で声をかけられて、立ち止まって話を聞くような人間ではありませんでした。

道を聞かれればお答えしますが、本当にさらっとした会話でした。

何か困ってそうだと「大丈夫かな?」と気にもしますが、そこから何か行動にうつす事はありませんでした。

客寄せ1つ、チラシ配り1つ、

ティッシュは受け取る事もあったけれど、それでも決して積極的に関わりません。

何かの誘いにのるなんて、もってのほかでした。

それは今も変わりません。

警戒心は強いですね。

しかし1つ大きく変わった事は、

「助けてあげたいな」と思うようになった事です。

 

前述に”何か困っていそうな人を見ると「大丈夫かな?」と気にはする”と書きましたが、

積極的に声をかけたり・助けに行ったりした訳ではありませんでした。

しかし今は、困っている人も助けて欲しい事を発言しにくいだろうな、と思うようになり、

「大丈夫ですか?」と声をかけるようになりました。

都心と田舎では、どちらがどうなんでしょうか?

よく田舎では、お節介も含めて色んな人が声をかけあいますが^^笑

都心では田舎とはちょっと事情が異なりますよね。

それでも私は、「大丈夫ですか?」と声をかけるようになりました。

なぜか。

私自身が「大丈夫ですか?」と勇気あるその一言で助けられた一人だからです。
ある日、この御言葉を学びました。

 

 

 

 
「糸一本ほどでも助けるときにしなさい。」この御言葉は
「少しでも助けるときにしなさい」、
「少しだけ助けても、御子が助けるから、やればできる」、
「あげるときに受け取りなさい」という言葉だ。
-チョン・ミョンソク牧師の明け方の御言葉より-

 

あぁ、ほんの一瞬だとしても、神様が助けて下っているんだな。一瞬だとしても、その機会を逃してはいけないんだな。

自分が困っている時は尚更、そういう機会はちゃんとつかんで、前に進まないといけないのだな。

と、思ったのです。

 

そして、街中で困っている人を見かけた時は、

その人にとって助けを受けるべき機会なんだと思うのです。

私自身に出来る事は、大きくないですか「大丈夫ですか?」と、

神様からの糸一本になれたらと思うようになりました。

 

警戒心も強いですし、滅多な事がなければ、街中で話しかけたりなんてしませんが、

御言葉を学び、神様の愛の心を学び、

困っている人に手を差し伸べる精神を学んだので、声をかけられるようになりました。

本当に大きな奇跡です^^

勇気がいる事もありますが、困っている人を見かけたら

何かその人の助けになれるように、愛の眼差しを向け・愛の手を差し伸べ続けられる自分でいたいな、と思っています。

 

主よ、愛を下さり、勇気を下さり感謝します~(*´▽`*)

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