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罪と雨と人生

 

梅雨があけない日々・・・

雨模様の空を見上げながら、

先日ライブで聞いた話が頭に浮かんだ。

 

「あいにくの雨とよく言いますが、私にとっては喉が潤うので雨は嬉しいです。」

「同じ雨でも、考え方によってとらえ方が違いますよね。」

 

その話を聞きながら、そうだなと思った。

 

雨の日は、傘をささないといけないし、濡れるから、

あいにくの雨」とまっちゃんも思っていた。

 

でも、旱魃で苦しむ人には恵みの雨だし、

真新しい傘を買ってもらったばかりの子には喜びの雨だ。

 

お師匠は、「」をどのように表現されたか?

一つの詩を紹介する。

 

雨1

@www.fixabay

 

「罪と雨と人生」

 

差していた傘を放り投げ
お前、雨に散々打たれながら
果てしなく歩いた

雨6

@www.sakoda-dc
この世の生活に汚れたあらゆる
墨よりももっと黒い罪を
きれいに洗い流してしまいたくて

雨7

@topicks
滝のように降り注がれる雨に 
一日中打たれた

雨8

@sms1994

 

 

春雨は罪の垢(あか)をふやかし

雨4

@timekomi

 

 

夏雨はその分厚い罪の垢を洗い流し

雨3

@matome
秋雨は深く染み込み良心の罪を洗い流してくれるのだな

雨5

@blog
そうして、冬山を超えていき白い雪となってこんこんと降る

雪

@itijikurin
大地を白く覆うあなたの姿は
春の間 夏の間 秋の間
体と良心の罪をきれいに洗い流した人々の
白い心のようだ

雪1

@matome
創造主が私に万物を用いて
このように比喩なさるのだな

@www.god21.net

 

 

 

 

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