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「高校生の時に見たニュース」と10年後

 

自分は小中高の時の記憶があまりない。

(大学もあまり…)(;´・ω・)

そんな自分でもかなりはっきり覚えている記憶がある。

 

 

 

 

目次

ニュース、殺人事件について

 

高校1~2年の時、夕方家でテレビを見ていた。

その時夕方のニュースをやっていて、内容は「息子が母親を殺した事件」だった。

(もしかしたら逆だったかもしれないが)

 

 

正直、よくあるニュースと言えばよくあるニュースだ。

しかし当時の自分は、そこで立ち止まって考えた。

「こういうことが起こるのは、普通じゃないよな…」( ゚Д゚)

 

 

実際こういうニュースは毎日のように流れてくるし、ニュースにならないものもいれたら、日本で毎日のように起こっているのかもしれない。

ちょっと調べてみると、

日本では毎年1年間に大体1000件前後の殺人事件が起こっている。

つまり大体1日に2~3人の殺人事件があるということになる。

 

 

毎日のように見るから、感覚が麻痺している部分があるが、

実際よくよく考えてみると、普通のことではない!Σ(・□・;)

 

 

 

息子が母親を殺すとか、親が子供を殺すとか、友達を殺すとか、正常な感覚で見るならば、普通の出来事ではない!!

たくさんニュースで見るし、実際ニュースで見るとしても、「その殺人現場を見る訳ではなく、ただ言葉として、客観的事実として、結果だけを聞く」から、そんなに実感もわかない。

「ああ、またか…」と思うだけだ。

「そんな人もいるんだなー」くらい。

 

 

 

しかしこの時はなぜか、瞬間(?)正常な感覚に戻ったようだ。

そこから考えてみた。

「こういう悲しい事件は一体どうやったら無くなるのだろうか?」

 

 

 

 

高校生なりの結論

 

高校生当時、夕方のニュースを見ながら多分3~5分くらい考えたと思う。

そこで出した当時の結論は、

「これは、政治や経済、教育、法律などで解決できる問題ではない。

生きている人全員(日本限定なら日本人全員)本当に変わらないと、こういう事件は無くならない」

だった。

(あくまで当時の高校生レベルの考えだが)

 

 

例えば法律で「殺人を犯したら無条件死刑」などと、法をもっと厳しくしても、

殺人件数は減るとは思うが、実際無くなりはしないだろうと思った。

 

 

教育分野でも「人を殺してはいけません」などとは当然教えている。

(むしろ当然過ぎて教えていない??)

そのこと自体は誰でも知っている。

しかし実際人は人を殺している。

教育分野をどうこうもできないだろうと思った。

 

 

同じような理由で、政治的にも簡潔できる問題ではないだろうと思った。

もしできるのならば、もうとっくに解決されているはずだと。

 

 

大体こういう感じの思考を経て、得た結論が上の内容で、

「日本人全員が、本当の意味で変化しないと、こういう事件は無くならないだろう」

だった。

 

 

そして、そこまで考えた末、

高校生の時に、最終的に出した結論がこれ。

 

 

「うん、だから自分にできることは無い!」(´・ω・`)

 

 

ここで思考は終了。。。

 

 

 

 

あれから10年以上経ってみて…

 

 

高校生当時の自分が考えた時、

「自分が日本人全員変えるとか無理。だから自分にできることはない。だからこのことはこれ以上考える意味なし。」

というのが最終的結論だった。

ある意味<順当な><普通な>結論だとは思う。

今思えば、(自分は割と正義感は強い方だったので)「自分にできることは無い」と結論づけることで、「目の前の現実に対する責任から逃げる心理」があったように思う。

 

 

 

しかしあれから10年以上が経った。

<当時の自分>と<今の自分>は異なる。

今は先生に出会ったし、御言葉に出会ったし、神様についても知るようになった。

 

 

 

その上である日、高校生時代のこの時のことを思い出した。

 

 

「ああ、あの当時は【自分にできることは無い】と結論づけて終わったけれど、

今は自分にできることがあるな。

この御言葉を伝えればいいんだ。

自分が直接伝えられる人は少ないかもしれないけれど、

これから続けて御言葉が広がっていくだろう。

そうして、一人ひとりが本当に御言葉によって変化し、神様を愛と真理を知るようになって変化していくだろう。

そうしたらいつか、日本全部を覆う時も来るだろう」

 

 

こう思っている自分がいた。

 

 

「自分が日本を変えられる!」という大それた考えではないが、

御言葉を伝えることは、その方向へ進む一歩であることは確実だと悟るようになったという話だ。

 

 

 

10年以上の月日が流れて、<自分の考え>が変化していることに気が付いた。

 

 

陶磁器も、最初は「土の器」だが、素焼きして、本焼きすれば「陶磁器」になる。

 

 

 

高校生の時の自分は、もういない。

 

 

 

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