日常生活

感謝の告白☆命の日

自分の命があることに感謝し、神様に栄光を帰する日として過ごしました。 私たちの命は、誰によって産まれるようになりましたか? もちろん、両親を通して産まれ、この世に存在するようになりました☆ いきなりこの世に現れた!という方は、いらっしゃいますか? もし、そういう方がいましたら、まさに神です^^   どのような境遇にあれ、両親から生まれてきた私たち。 今日まで『肉体』が存在していることに感謝します。 そして、肉体と共に、万物の霊長と言われ、すべての人に備えられている『霊魂』を創造してくださった神様に感謝します。 この霊魂は、寿命のある肉体とは異なり、永遠に天国で生き続けることができると言われています。 そして、この霊魂が生きるとき、人間として価値ある生き方ができるようになり、命を輝かせることができると言われています。 どこで言われているのか? ま・さ・に 『聖書』にある『真理の御言葉』に記されています。 『人を生かすものは霊であって、肉はなんの役にも立たない。わたしがあなたがたに話した言葉は霊であり、また命である。 』 (新約聖書:ヨハネによる福音書6章63節)   鄭明析牧師が伝えられる御言葉を通して、まさに自分自身の価値性と、霊の存在の意味と価値性を悟るようになりました☆ [caption id="attachment_571" align="alignnone" width="200"]鄭明析牧師の明け方の御言葉より©摂理 鄭明析牧師の明け方の御言葉より©摂理[/caption]

『人間には<肉>もあり<霊>もあるので、

 いつも「二つのこと」を考えて行なわなければならない。

 そうしてこそ、肉も霊も、損なく、うまくいき、栄える。』

(鄭明析牧師の明け方の御言葉より©摂理) 人間に霊があるということは、即ち、わたしたちには『永遠に生きる霊がある』という意味であり、肉体は死んでなくなっても、わたしたちの霊は天国にいる神様と共に、永遠に死なずに暮らすということです。   『聖書の御言葉』には、このように記されてあります。 『ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。 』 (新約聖書:伝道の書12章7節)   ちりとは、土からとれる食物を食べることによって構成された肉体であり、肉体は死ぬと土に戻ります。しかし、人間に備わっている霊は、霊を創造した神様のいらっしゃるところ、即ち天国に帰るという意味です。 まさに、霊が生きるとは、永遠に自分の命が生きることと同じことです。 肉体も、霊も、命が生きることができるように導いてくださった神様と、御言葉を伝えてくださった鄭明析牧師に、心からの感謝をお伝えいたします。ありがとうございます。 そして、このわたしを産んでくださった両親にも、この場を借りて、感謝いたします。ありがとうございます

『生きているって、スバラシイ!』

  最大限の感謝をこめて    ]]>