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摂理人と鄭明析先生との出会い。

摂理人と鄭明析先生との出会い。その1 唐突ですが、別の話を書きたいと思います。というのも、このブログの目的はどちらかと言えば「私がカルトと言われていることを知った上で摂理にいるのか」を話すためであって、何も「私の信仰のいきさつ」を書く必要はありません。 とは言え…私の復活したエピソードを通して神様を感じていただけるのなら、それはそれでいいことだと思います。なので、今書いている「自分の変化」の話と平行して(今週の御言葉は「二倍頑張りなさい」なので)「鄭明析先生がネットに書かれている人物とは違う!」と私が悟ったいきさつを書きたいと思います。先にこっちを書いてほしそうな神様の視線も感じたので…。 さて、私が鄭明析先生のことを知ったのは「ネットで悪評されている記事を見た」ことがきっかけでした。それ以来、摂理の御言葉で先生について証をするのを聞く度に 「いや、これってカルト宗教の教祖みたいだよね?結局この人を信じさせようとしているんだよね?」 と穿った感じで見ていました。 私は「思い込みが激しい」ために…一度歪んだ認識をしてしまうとそれがなかなか取れないのです。 この時の御言葉がイエス様中心だったこともあって、なおのこと先生の必要性を感じていなかったのです。今にして思えば…「あまりに先生に対する誤解が激しかった」から先生が表に出れなかった、というあまりに悲しい経緯があるのでしょうけど…。 私が鄭明析先生に対する悪評に疑問を持ち始めたのは、それから2年くらい経った、あるお祈り会でのことでした。  

摂理人と鄭明析先生との出会い。その2

お祈り会での御言葉の内容は「鄭明析先生について深く悟らないといけない」という内容でした。 鄭明析先生のことを信じなさい。疑ってはいけない。時代の罪を悔い改めなさい。先生をあの場所に閉じ込めたことを悔い改めなさい…。 そのような言葉を話していたことを覚えています。 私はいつもの通り「そんなこと言われても…」と抵抗感はありつつも「言われた通りにしないと!」と先生のために真面目にお祈りし始めました。そんなことをしているうちに…ある疑問が浮かんだのです。 「あれ?先生の罪が異性の罪って言うなら…どうして懲役が10年なんだろう?」 私の当時の印象では…「長すぎる」ように感じました。 それは証の神、聖霊様の感動でした。やはり金曜は聖霊様の日なのでしょうか? もっとも、このときの私の認識は「痴漢」だったので、そのように感じたということはあります。実は私が見た記事は「先生が痴漢した」という内容だったのです。確か。 しかし、痴漢で10年とは、長過ぎやしないか? そう考えながら祈った私は、ある結論に到達しました。 「先生があの場所にいるのは、私たちの罪のためなのではないか?」 論理的には非常に穴の多い推察ですが…私が持っていた先生への誤解を解くには、それで十分でした。 それから、私は少しずつ先生に心を開き、興味を持ち始めます。 時は2011年3月、私が悪評を見てから約2年後のことでした。  

摂理人と鄭明析先生との出会い。その3

お祈り会での御言葉と祈りを通して、「鄭明析先生は今まで私が認識していたような人ではないかも?」という考えが来た私。 しかし、先生に対する不信感、不安は消えませんでした。 より正確には「心配」だったのです。 「逆らうことを言ったら、怒られるのではないか?」 「間違ったことを言ったら機嫌を悪くするのではないか?」 「気に入らないことをすると怒って、怒鳴り付けるのではないか?」 そんなことを心配していたのです。もっとも、これは鄭明析先生に対して、というより「世の中の指導者、目上の人全般」に対して抱く不安ですが。その背景には、小学生の時にずっと「間違ったことをする度に教師に怒られ続けた」経験から来ているのだと思います。 (もはや悪評サイトの先生に関する内容は忘れていました。) が、この後、私は鄭明析先生を認めるしかない状況になっていきます。詳しいことは後に(これを書き出すと、たぶん一つのシリーズものになってしまう…。)書きますが、端的に言うと、「私が御言葉通りに できなかったこと」があったのです。 そのことをきっかけに、私は祈りの姿勢や信仰に対する考え、認識を改めることになります。 その過程でたくさん祈るうちに、自然と鄭明析先生の顔が浮かぶようになり、自然と先生に心の内を話すようになります。まるで、私が以前イエス様にしていたときのように。 正直…かなりきつい言葉を言っていたし、暴言も吐いていたと思います。怒りをぶつけたこともありました。しかし…先生は笑顔のまま私の話を聞いていました。まるで親が子供の言葉を聞くかのように、あるいは…新郎が新婦の愚痴を聞くかのように。  

摂理人と鄭明析先生との出会い。その4

それまで私は、摂理の御言葉を聞くと、心が苦しくなっていました。何故かって言うと…色々気になっていたからです。 たとえば。 ・鄭明析先生はあの場所にいるのに、本当に御言葉を書いているのか?また仮に書いていたとしても、通訳・翻訳をする人が「先生の意思」とは無関係に翻訳していないのか? つまり、私が聞いている御言葉は本当に「鄭明析先生の御言葉」なのか? ・韓国と日本はあまりに状況が異なる。韓国人である鄭明析先生は韓国の状況を背景に御言葉を伝えているので、日本とは合わない・わからないところがあるのでは? ・伝道しなさい、というがそれは「人を増やす」ために言っているのではないか? ・鄭明析先生は神様を信じ、愛するところから始まったから「神様を知らない」ところから始まった私の苦労なんて知らないのでは?また、「罪を犯した」人の気持ちが分かるのだろうか? …等々、様々な疑問がありました。この答えは色々ありますが、結局すべて解かれました。他ならぬ「御言葉」によって、です。  

摂理人と鄭明析先生との出会い。その5

鄭明析先生と摂理への誤解が解けた色々な経緯はありますが…一番大きかったのは「直接先生が御言葉を伝えているのを見た」ということです。 摂理ではあるときから先生が過去御言葉を伝えてくださった映像を見る機会が増えました。それまで私は鄭明析先生の御言葉を伝えてくださったのを見たことがありませんでした。 御言葉を伝えてくださる先生の姿は、私が当初抱いていた「冷たい、自分の言う通りにしないと機嫌が悪くなるような、自己中心な人」というイメージとは異なる、どこか暖かみのある方でした。 私が最初先生について不信感があったのは「先生が何をしているのかわからない」「実際には何もしていないのではないか?」という「不透明さ」からでした。しかし、実際に先生を見てみると、どこか「愛」を感じる人だ、ということがわかりました。 と言っても…これはしばらく後になってからのことで。 私が悪評サイトを見たあとからも先生の出てくる映像や摂理の人が先生を証する映像は見てきました。しかし、その時は「どうせ教祖を認めさせたいんだろ?」という視点でしか見れなかったので、あまり入りはしませんでした。むしろ、先生を称える姿がどこか「やらせ」のように感じられました。 それくらい、認識って怖いのです。 ちなみに、先生を証する映像に対する誤解が解けたのは…今年に入ってからなのです。それくらい、認識を直すのには時間がかかるということです。]]>

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