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はっきり分かる人 ~おおさかの摂理人、御言葉をとおして~

知っていることと理解していることは違う。

その事に以外に気付かないですよね。

僕自身、仕事で相談に来た会社などに様々なアドバイスをしたりして、出来ていたつもりでしたが・・・

いざ、後輩ができた時に教える時には意外にわかっていなかったと痛感するようなことがありました。

皆さんにはそんな事はありませんか?

アドバイスして、教えたり助言したりすることはある程度、理解できていたらできます。

でも、教えるとなったら、アドバイスの様にうまくはいかないですよね。

相談を持ち掛けてきている会社にはその事だけを教えればいいですが、

後輩にはその事だけではなく、その背景まで教えないといけませんよね。

表面的なことをいくら教えても、表面しかわからず、もし、相談に来ている会社に突っ込まれたら・・・

答えられませんでした(>_<) ではいけないからです。

様々な状況をシミュレートできてこそ、問題点や解決策に穴を見出すことができません。

一つのことを成すためには様々な状況を想定したうえで動かなければ、気づいた時には取り戻せない。

と言うことにもなりかねません。

一方で理解で来たら仕事をする上では有利になります。

また、人を育てる(教える)と言うことは自分の成長にもなりますよね。

短絡的な結果だけを求めるのではなく、将来を見越した上で教えることがその人のためになり、大事です。

 

鄭明析牧師は信仰生活を過ごされる中でその事を悟られたのではないでしょうか?

気休めの、その場しのぎの教えではなく、永遠に生きる霊魂のことを考えられ・・・

何が必要で、何をすべきなのか?天の歴史をどのように進めるべきなのか?

いつも<はっきり分かる人>だけが分かって「歴史」を成し遂げた。

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