キャンピングカー?
みなさんはご存じですよね。
僕自身、車を持っていないのですが、帰省する時は良く、レンタカーを借りて、帰省します。
高速を使うので、安く行きたいなと思い、夜に出発することもあり、途中で休む時・・・
ホテルに泊まるのは高いし、キャンピングカーだったらなぁと思う時があります。
ただ、外装がいかにもキャンピングカーみたいなのはちょっとと思っていたら、
知らなかったのですが、軽のキャンピングカーがあることを知りました。
みなさんはご存知でしたか?
ネットで調べてみると、定年後に夫婦で軽で日本一周をしてみたいと言う方がいらっしゃると
見ました。
その記事を見ながら、確かにそうだなと感じました。
僕自身、仕事をしていますので、そんなに長い期間、休めるわけでもないし・・・
出来る時って限られているなぁと感じました。
「時」できる時があるし、もう過ぎ去ったらできなくなってしまったこともありました。
若い時、学生の時にしかできないことがありますし、
結婚する前にしかできないこと、結婚してからしかできないこと、
本当にその時、その時が大事だと感じました。
また、今の時の使い方によって、その時の生き方が将来に影響を及ぼし、
明日、明後日、10年後、、、
もっと先にしたいこともできなくなる場合もありますよね。
私はキリスト教福音宣教会(摂理)に出会い、人生を生きる中ですべきことを見つけました。
それは「神様、聖霊さま、御子と生きる生」「自分をつくること」です。
そのために今日は何ができるのか?何をすべきなのか?
お金や名誉も大切なことではありますが・・・
私はそれよりも、甲斐がある、やりがいのある人生が良いです。
共に生きることで得る喜び、自分をつくれることを祝福だと思います。
人の評価ではなくて、神様が自分のことをどのように思ってくださっているのか?
みなさんは、今この時、どの様な「時」を生きていきたいですか?
今日は過去の主日に宣布された御言葉を紹介します。
[鄭明析牧師による主日の御言葉から]
『<その年齢の時、その時代に該当すること>は、天のことも、地上のことも行なって終わった。』
[御言葉]
鄭明析牧師
[本 文]
伝道の書3章1~8節
1)天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
2)生るるに時があり、死ぬるに時があり、植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
3)殺すに時があり、いやすに時があり、こわすに時があり、建てるに時があり、
4)泣くに時があり、笑うに時があり、悲しむに時があり、踊るに時があり、
5)石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、
6)捜すに時があり、失うに時があり、保つに時があり、捨てるに時があり、
7)裂くに時があり、縫うに時があり、黙るに時があり、語るに時があり、
8)愛するに時があり、憎むに時があり、戦うに時があり、和らぐに時がある。
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神様と聖霊様と御子は「時」を定め、その日その日<時>に合わせて、万物にも人間にも歴史を広げます。
どんなことがあっても<地球>は止まらないように、<神様の御心>は止まらずに行きます。
すでに「過去、その年齢の時に該当すること」は過ぎ去りました。
今はただ「残っている年齢の時に該当すること」だけが残っています。
<その時、その年齢の時にすべきこと>は「その時一度」やって終わるから、本当にちゃんとやらなければなりません。
しかし<自分が分からずにいる時>に「自分の時」は過ぎ去っています。
正しく知らない人は今、もう一度分かって悟って行なわなければなりません。
今この時は「この時に該当する、よいこと」が過ぎて行きます。
未来に比べれば今が若く、残っている時があります。
この時が未来より青春だから、切実に思って、未練なく行なうことを願います。
<この時間と時>をただ過ごしてはいけません。
<今自分の時のもの、今日のもの>を握って行なう皆さんになることを祝福します。
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