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主日の御言葉を紹介します。

今日は主日の御言葉を紹介します。

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[鄭明析牧師による主日の御言葉から]

『歴史の記録:<知らない盲人>と<神様の新しい歴史>』

[御言葉]
鄭明析牧師

[本 文]
マタイによる福音書15章13-14節
13)イエスは答えて言われた、「わたしの天の父がお植えにならなかったものは、みな抜き取られるであろう。
14)彼らをそのままにしておけ。彼らは盲人を手引きする盲人である。もし盲人が盲人を手引きするなら、ふたりとも穴に落ち込むであろう」。
ルカによる福音書6章39-40節
39)イエスはまた一つの譬を語られた、「盲人は盲人の手引ができようか。ふたりとも穴に落ち込まないだろうか。
40)弟子はその師以上のものではないが、修業をつめば、みなその師のようになろう。

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新約の時、神様は地上に救い人を送って下さいました。

しかしユダヤの宗教人たちは時代の目を開(ひら)けず、反対し、不信し、顔を背け、見くびり、止めて、迫害し、戦って、殺すまでしました。

 

サウロはイエス様が生きていらっしゃった時、、<旧時代の旧約人の律法>と<彼らの言葉>を絶対視したため、イエス様とイエス様を信じる人たちをひどく迫害しました。

 

イエス様が亡くなってから、サウロは「時代の盲人」だったことを悟り、<時代の目>を開くようになりました。

 

時代の目を開いたサウロは「新しい時代の御言葉」を学び、<神様が遣わしたメシヤ>を知りました。そして「使徒パウロ」になって、イエス様の証を始めました。

 

<メシヤ、イエス様>が生きていらっしゃって、あれだけ福音をのべ伝え、活動したのに、使徒パウロは「無知の盲人」だったので、<イエス様の肉体>には従えず、見ることができませんでした。イエス様が亡くなられてはじめて「時代の目」を開きました。

 

知らないことを盲人として例えます。

自分がすべて知っているというけれど、一部だけ知っていることもあるし、完全に知っていることもあるし、まったく知らないこともあるでしょう。

 

誰でも「知らない盲人たちの話」を聞いたら、彼らと同じく、知らないようになり、見えないのと同じです。

 

随時、神様は私たちが目を開(ひら)いて正しく見ることができるように話してくださり、さまざまに働きかけて悟らせてくださるから、すべての各分野に目を開き、栄えることを祈ります。

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今回からしばらくは「歴史の記録」について、紹介します。

みなさんの中で、盲人となっているところがないのか?

確認してみてください。

もし、あるならば、なおされることをおススメします。

知らないで損して、栄えるチャンスなのに失ったら残念ですよね。

 

 

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