『しかし主はサムエルに言われた、「顔かたちや身のたけを見てはならない。わたしはすでにその人を捨てた。わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔かたちを見、主は心を見る」。』
(旧約聖書:サムエル記上16章7節)
分かりますか?
人は外見、顔やかたちを見て判断するが、神様は心を見るのだとおっしゃっています。
どのような心をもっているのか、その心の中心をご覧になります。
そして、その心の中でも、特に、愛が有るのか無いのかをご覧になっています。
『たといわたしが、人々の言葉や御使たちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢と同じである。 』
(新約聖書:コリント人への第一の手紙13章1節)
使徒パウロが手紙の中で記した御言葉ですが、もしもパウロ先生が、人々の言葉を語ったとしても、御言葉を語ったとしても、その言葉には心に真実な愛がなければ、うるさくてやかましい鐘、鐃鉢と同じなんだということです。話していても意味が無いということです。心に愛が有るのか無いのかが重要だということです。
鄭明析牧師は明け方の御言葉でおっしゃいました。
[caption id="attachment_2371" align="alignnone" width="200"] 鄭明析牧師の明け方の御言葉より©Mannam&Daewha[/caption]
『世の中は容姿や知識など
「さまざまな肉的なものを見て」選ぶが、
神様は「愛」を核として見て選んでお使いになる。』
(鄭明析牧師の明け方の御言葉より) 皆さん、この御言葉は皆さんみんなに当てはまる御言葉です。 容姿が良くない、頭が良くない、様々なコンプレックスがある、どうしてこんな自分なんだろう。 ついつい思ってしまう自分へのネガティブな感情・・・。 関係ありません! 神様はただ、心をご覧になります。 愛をご覧になります。 逆に、どんなに良い人でも、御言葉を知っていても、その心に愛が無い人だったら、神様は顧みてくださることはありません。 私たちは、いつも心に愛を抱き、神様にも人にも、愛の心で接していきたいですね☆ ランキング参加中☆応援よろしくお願いします^ ^