私が見た摂理

教会に通うことに対する親の心配

 

時間が制約されること

教会に通っているということは自由な時間がなくなるのではないか こういうことを心配されました。 礼拝やお祈りには確かに時間はとられるけど、好きで行っていることだから、趣味に時間を費やすようなものと一緒だと話しました。 礼拝とお祈りによって、人生を豊かに生きることを実感しているから、今でも通っていると言いました。    

お金を取られるということ

教会にお金を寄付しているから、金がないんじゃないの? と言われましたが、お金がないのは自分の経済管理能力の問題です。 初めて、自分のお金の使い方によって、一般の人の教会に対しての見方が変わるのだなと感じるようになりました。 ここは私が悔い改めなければならないところです。     ちゃんと献金というものはあるけれども、心から捧げたいと思ったら捧げたらいいし、経済的に厳しい時には捧げなくても大丈夫だと教えられていると説明をしました。 具体的な捧げる頻度と金額を教えたら、少し安心したようでした。    

洗脳されること

お前、洗脳されてるんじゃないの?と言われたことに対しては、確かに洗脳されているかもしれないねと答えました。 その言葉に続けて、「親の教育や部活の教育方針に従って、人格とか考えとかが形成されていくから、それも洗脳だよね。結局、どこに洗脳されていくかが重要だと思っている。自分は聖書の教えと思想が学んでみて、本物だと思ったから、ここに洗脳されていこうと思った」と説明しました。 しかし、母親は「自分は学がないから、そういうことを言われてもよく分からない」と言われてしまいました。 説明するって難しいです。     この説明はあまり納得はしてもらえませんでした。 もう、シンプルに「教会にいる人は常識的な人たちばかりだし、反社会的なことは一切やらないし、そういうことをしたら自分はすぐに止める」と言ったら、理解できたようです。    

勧誘活動をしていないか

ここも心配しますよね。 見ず知らずの人にいきなり、聖書を学びませんかという勧め方をしていたら、怪しい極まりないです。 特にこの日本では。   この質問に対しては学びたいという人には教えているけれども、学びたくない人には無理やり教えることはないよ と軽めに話しておきました。    

仕事を休んでまで教会に行っていないのか

それはない!と断言しました(笑) やはり、反社会的な行動をとっていないのかが気になるようです。 さらに、オウム真理教の地下鉄サリン事件を引き合いに出して、こんなことをするなよと釘をさされました。 20年以上前の事件ですが、親の記憶には深く刻まれたショッキングな事件のようです。   普段から常識的な行動、正常な言動をとることが信頼してもらえるので、仕事も熱心に頑張ります。    

墓はどうすればいいのか

この観点を心配するのは予想だにしていませんでした。 やっぱり仏教の思想が根付いているので、キリスト教と仏教の隔たりがないのか気になるようです。 死人を偲ぶ心が大事だから、ちゃんと葬ってくれればなんでも大丈夫だよと話しました。    

まとめ

このような心配をしたのも、身近な人が教会に通うようになって、変わった行動をとるようになったからだそうです。 家系を辿ると、私の家族は分家。 本家から離れた家系です。 親の実家である分家と本家は家は隣同士なのですが、本家は戦後にキリスト教に改宗したようです。     改宗した本家の人たちが事あるごとに祖父母や両親を教会に通うように、勧誘してきたみたいです。 さらに、なかなか高額のお金を毎月、教会に寄付しているという話をよく聞くそうで、あまり良いイメージがないようでした。 本家の人たちが変な行動をしているとは思いませんが、確実に言えることがお互いの対話不足による誤解は生じているようには思いました。 噂や予測によって、正常な行動をとっているのにも関わらず、異常行動をとっていると思われるのは珍しいことではありません。     だから、聞く側は本人に直接、詳細に情報を正確に聞きとることが必要ですし、 伝える側の人たちは正確に、相手が納得するように人格的に説明してあげないといけないなと感じました。 この話を聞いて、今の自分たちの行いが後世の人たちの運命を左右することを感じ、自分の行動の重要性を悟るようになりました。 これから末永く、主の御言葉の貴重さを伝えていくためにも、自分の行いに気を遣って、家族にも友人にも社会のあらゆる人の前で正常な行動、相応しい言動を備えていき、正確かつ詳細な説明をしていこうと決心いたしました。  

今日のひとこと

自分のことを分かってほしいなら、親のことを分かってあげないといけないのだな~
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